現在進行中の事件などに関しては、本家およびはてなブックマークをご参照ください。

2009年05月02日

【写真】2組目28点目、シャンキル・ロード、UDA@1972年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" を見ていきます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

なお、以下に貼り付けるURLは既に変更になっています(写真が差し替わっています)。このため、参照すべき写真をサムネイルのサイズにし、どういう写真なのかがわかる程度にした状態で添付しますので、それを参考に上記URLから探してください。




27-shank-200.jpg

1972年のシャンキル・ロード(UDAによる道路封鎖)。写真を見ていただければわかると思います。「いっぱしの義勇兵」を気取っているのは、1969年とか1968年に生まれた子でしょう。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=28

DRコンゴでの少年兵・子供兵士という問題が今まさに報じられているときに見る写真としては、非常に複雑なものがあります。
タグ:資料 写真 UDA 1972
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【写真】2組目29点目、サンディ・ロー、UDA@1972年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" を見ていきます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

なお、以下に貼り付けるURLは既に変更になっています(写真が差し替わっています)。このため、参照すべき写真をサムネイルのサイズにし、どういう写真なのかがわかる程度にした状態で添付しますので、それを参考に上記URLから探してください。




28-sandy-200.jpg

29点目。これもUDAです。一度にこんなに大量にUDAの70年代の写真を見たことは、私はありません。(^^;)
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=29

「1972年、サンディ・ローのリスバーン・ロード側のバリケードで、覆面をしたUDAメンバーによって所持品検査を受ける男性」で、道路はバスか何かで封鎖されています。一番左のUDAメンバーのひとりが、スゴいベルボトムを履いているのが気になります。ここまで裾幅があると、足に絡まって走りづらいだろうに。なお、サンディ・ローは右の写真のような場所。デリーのYou Are Now Entering Free Derryのロイヤリスト版です。
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【写真】2組目30点目、ブラッディ・フライデー@1972年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" を見ていきます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

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30点目は1972年7月21日、ブラディ・フライデーの写真です。この日、午後2時10分から3時15分までの間に、ベルファスト市内15箇所でカーボム&ボムが連続して爆発しました。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=30

キャプションは「IRAがベルファストで26の爆発を起こし、11人を死亡させ、130人を負傷させた。死者のうち7人はオクスフォード・ストリートのバスターミナルで、4人はケイヴヒル・ロードのショッピングセンターで被害にあった」……えー、死者数がおかしい。9人のはず。BBCでもnine people were dead and some 130 more were mutilated, injured and mentally scarredとなっている。

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【写真】2組目31点目、These Riots Were Just the Beginning@1969年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" を見ていきます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

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30-riot69-200.jpg

燃やされたバスと、有刺鉄線のバリケードと、英兵と、たぶん一般市民。詳細はわかりません。キャプションにも「ベルファストでの暴動、1969年」とあるだけです。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=31

1969年は、8月12日の「ボグサイドの戦い」の前、公民権デモに対する当時の自治政府のあまりの強硬姿勢から緊張が高まり、デリーやベルファストでは何件もの暴動が起きています。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch69.htm

※このエントリのタイトルは、ベルファストのバンド、And So I Watch You From Afarの曲名からとりました。
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【写真】2組目32点目、ナショナリストと英軍の蜜月@1969年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" を見ていきます。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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31-divis-200.jpg

「ベルファストのディヴィス・ストリートで、バリケードごしに兵士たちに話しかける男性。1969年8月16日」。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=32

デリーでの「ボグサイドの戦い」が8月12日、デリーやベルファストへの英軍の派遣が14日です。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch69.htm#Aug

このときは、「ナショナリスト・コミュニティ」対「ユニオニスト・コミュニティ&自治政府」の暴力の仲裁役として、外部の者として英軍が投入された段階で、ナショナリスト・コミュニティから英軍への敵意はほとんどありませんでした。バリケードは、ユニオニストの暴力からナショナリストを守るものでした。女性たちはパトロールの英軍兵士にお茶とお菓子を振る舞いました。(以前本館で書いていると思います。)

この点をちゃんと見てください。ナショナリストは、最初っから英軍を「敵」と見なしていたわけではありません。

この後に、ナショナリストの中でも「英軍は敵」と見なす思想を有する勢力(つまり「リパブリカン・ムーヴメント」)が「支持」を集めたのは、英軍がそもそも「中立の仲裁者」などではなく、ユニオニスト&自治政府側だった、ということが彼らの目にはっきり見えたからです。ここで、「植民地支配からの脱却」という思想が絡んでくる。うちらでもよく知っているような「IRAのプロパガンダ」(とユニオニスト側が呼ぶもの)が――つまり「何世紀にも及ぶ支配と搾取」という例のあれが多くの「支持」を集めたのは、その「プロパガンダ」に説得力があったからです。それ以前に、「プロパガンダ」と呼ばれていたものの多くの部分が単に「歴史的事実」だったということも極めて重要ですが。(実際に、「アイルランド人」は小作農として搾取されていた。英国は「カトリック」の権利を制限する法律を有し、19世紀までそれを撤廃しなかった。北アイルランドでは「カトリック」に対する差別的待遇は20世紀にも続いていた。……などなど。しかしこの点については、アイルランド共和国、特にエイモン・デヴァレラのスタンスも見る必要があります。)

なお、北アイルランド紛争の時期を通じて、ナショナリスト側の最大政党だったのは、シン・フェイン(「リパブリカン・ムーヴメント」)ではなくSDLPだった、という事実は、見過ごされていますが、非常に重要です。
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【写真】2組目33点目、ブラッディ・フライデー後@1972年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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32-bloodyfr-200.jpg

ブラディ・フライデーの事件現場(プロテスタントの一般市民と英兵が亡くなったOxford St Bus Station)での追悼行事か何かの様子です。キャプションにはほとんど説明がないのですが、この写真は「読む」ことのできる写真です。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=33
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【写真】2組目34点目、「紛争」のずっと前の暴動@1962年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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33-riot62-200.jpg

道路が封鎖され車が燃えています。キャプションによると「1962年のベルファストの暴動」だそうですが、何も説明がないので、ひどい状態になっているということしかわかりません。「ユニオニスト」なのか「ナショナリスト」なのかもわかりません。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=34

1962年だとProvisional IRAはまだ存在していないし(PIRAは1969年のIRAの分裂で成立した組織)、それゆえ「北アイルランド紛争」に含まれるのかどうかも微妙だと思うのですが、Provisionalsの分裂前のIRAの「ボーダー・キャンペーン」が1956年から1962年2月まで行なわれていたので、それと何か関係がある写真なのかもしれません。(ユニオニストの側の「反IRA」のキャンペーンの可能性とか。)

「ボーダー・キャンペーン」については詳細は別の機会に譲りますが(どの機会だかわかんないけど)、ベルファストでは目立った活動はなかったはずです。

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【写真】2組目35点目、暴動の後@1969年

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見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

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34-move-200.jpg

「1969年の暴動のときに、家から逃げ出すある家族」というキャプションがついています。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=35

「北アイルランド紛争」が始まってから、こういう光景があちこちで見られたそうです。アイルランド共和国のメアリー・マカリース大統領も、こういうふうにしてベルファストから共和国に引っ越していった家の子。そして逃れていった先の共和国では「北」の者に対する目はあまりあたたかくなかった、という話も読んだことがあります。「なんであんなふうになっちゃってるの?」という素朴な疑問が、「何か受け入れがたいもの(心理的に)」という距離感につながっていた、とか。

一方で、熱心なリパブリカンは南にいようが北の「同志」への愛は惜しみなく。LoughallでSASに射殺されたIRAメンバーのひとりはダブリンの人で、そのご家族の回想を読んだばかりです、数日前に。
タグ:資料 写真 1969
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【写真】2組目36点目(既出の写真)

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

見出しに「2組目」と書いてあるエントリでは、本館での2番目の紹介記事で言及したものを扱っています。

なお、以下に貼り付けるURLは既に変更になっています(写真が差し替わっています)。このため、参照すべき写真をサムネイルのサイズにし、どういう写真なのかがわかる程度にした状態で添付しますので、それを参考に上記URLから探してください。




35-diviss-200.jpg

ここらへんでアルバムがごたついていて、32点目で既出の写真がまた出てきます(バリケードと英軍兵士とディヴィス・ストリートの男性)。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=36

※この写真についての簡単な解説は:
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118588566.html
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【写真】2組目37点目、家を追われた家族@1969年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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36-familym-200.jpg

37点目は軽トラ様の車に家財道具を乗せ、家族も乗せて引っ越していく一家。キャプションは「1969年、ベルファスト」。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=37

住宅街が、住宅街の体をなしていません。どうしてこうなっているのかは私にはわからない。

状況についての解説は、35点目をご参照ください。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/118588617.html
タグ:1969 写真 資料
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【写真】2組目38点目、ベルファストの街と英兵@1969年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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37-patro-200.jpg

「1969年、ベルファストでパトロールをする英兵」というキャプションですが、メインの被写体はwriting on the wallです。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=38

2人の若者(17歳くらい?)が銃を持った英兵の前に立って、ふつうに話しているような様子。このときはまだ「住民対軍」の戦いは始まっていなかったのでしょう。でも壁には、でかでかと、UNITE AND FIG[HT] REBELLION と殴り書きされています。「団結し、戦おう。反乱だ」と。

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【写真】2組目39点目、UVFの爆弾@1994年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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38-bom-200.jpg

39点目は急に時代が新しくなります。1994年5月23日、ベルファストのシティホールが爆弾でやられたときの救出活動。英軍と警官と……という写真。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch94.htm#May

「爆弾だ、IRAだ」というのはあまりに短絡的なのですが、実際にこの爆弾はIRAではありません。UVFです。(ここでようやく、UVFがこの写真特集に出てきました。)

http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch94.htm#May
Monday 23 May 1994
The Ulster Volunteer Force (UVF) carried out a bomb attack on the Sinn Féin (SF) office in Belfast City Hall. The explosion injured two workmen.


この後も、各派が入り乱れてだらだらと流血は続きましたが、この年の8月31日、IRAが軍事作戦を停止します。28日にシン・フェインのアダムズと、SDLPのジョン・ヒュームの会談で共同宣言が出され、そこで「武装闘争ではなく民主的政治で、アイルランドに恒久平和をもたらす」と明記されました。

そしてUDA、UVFも同年10月に停戦、しばらくは「平和」が続きましたが、当時のメイジャー政権下では交渉が難航し、1996年2月9日、PIRAはロンドンのドックランズをボムります。そしてPIRAは再びイングランドをも「戦場」とし、UVFはダブリンに遠征するなどの元の木阿弥となり、英国の総選挙で労働党が圧勝した2ヵ月半ほど後の1997年7月20日、PIRAは改めて停戦を宣言します。そして、PIRAの「政治的暴力」は止まりました。翌年のグッドフライデー合意に反対するメンバーが分派してReal IRAになったり、ずっと前の分派であるINLAやContinuity IRAの存在はありますが、いわゆる「IRA」ことProvisional IRAはそのまま、2005年の武装解除まで(紆余曲折ありながら)こぎつけました。
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【写真】2組目40点目、UVF@1972年

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http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

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39-u-200.jpg

今回追加された分の最後、40点目は、UVFです。「1972年7月4日、Ainsworth Avenueをバリケードで封鎖するUVF」。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=40

覆面をして、おそらく武装した若い男が2人、ドラム缶と有刺鉄線で作ったバリケードを守っています。背後の壁には、"Sacrifice the blue skies of freedom for the grey mists of an Irish Republic", つまり「自由という青い空を、アイルランド共和国という暗い霧のために犠牲にする」というフレーズが読めます。写真におさまらなかったところに、たぶん、NeverとかWe shall notとかが書かれていると思います。そしてそのフレーズの下に、ひときわ大きな文字で、GOD SAVE THE QUEEN U.V.F. RULE (女王ばんざい、UVFが支配する)と書かれています。

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2009年05月03日

【写真】ローズ・カリーの葬儀@1971年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures":
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

ここからしばらく、これまで本館で言及していない写真について。

キャプション:
THE IRA FUNERAL ON THE FALLS ROAD OF ROSE CURRY, KILLED IN A PREMATURE BOMB EXPLOSION AT MERRION STREET, LOWER FALLS BELFAST
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=298
【URLは2009年5月2日確認。特に告知なく変更される可能性があります】

「ロウアー・フォールズのメリオン・ストリートで、爆弾が予定より早く爆発したがめに死亡したローズ・カリーのIRA葬儀」(注:この「IRA」という表記は微妙です。なぜなら彼女はOfficial IRAだから)

またURLが変わると見つけられなくなるので、サムネイルで「何となくこういう写真」ということがわかる程度の画像を添付します。

298_rose-200.jpg

ローズ・カリーについて詳細は「続きを読む」で。

【続きを読む】
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【写真】ノース・ストリート・アーケードでの爆発@1976年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures":
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=297

キャプション:
North Street Arcade. A bomb exploded prematurely, killing four people and injuring twenty. 13th January 1976.

【URLは2009年5月2日確認。特に告知なく変更される可能性があります】

「1976年1月13日、ノース・ストリート・アーケードで、爆発物が予告されていたよりも早く爆発し、4人が死亡、20人が負傷」。

297_north-st-arcade-200.jpg

【続きを読む】
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*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/


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