現在進行中の事件などに関しては、本家およびはてなブックマークをご参照ください。

2008年12月06日

【リパブリカンFAQ 質問1】 IRAって簡単に言えば何ですか。

【リパブリカンFAQ 回答1】
"the IRA" は、the Irish Republican Armyの省略形です。英語でもアルファベットでそのまま「アイ・アール・エイ」と読みます(「イラ」などではなく)。

彼らが「何」なのか、という質問には、簡単に答えることはできません。以前「本館」で書いたもの(下記)はありますが、これをさらに簡単にするのは……難しいです。

2006年11月06日 いろいろな「IRA」〜IRBからReal IRAまでの概略
http://nofrills.seesaa.net/article/26857689.html

とりあえず、英語版ウィキペディアの "List of IRAs" に基づいて、版書みたいなのを書いてみましたので、それをご参照ください。



※もう少し書き足す予定。→書き足しました。犠牲者数について。


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2008年12月13日

【リパブリカンFAQ 質問2】 IRAでウェブ検索すると……どういうことッスかこれは。

【リパブリカンFAQ 回答2】
IRA入会の案内のことですか。
日本支部と思われるグループのことですか。
米国支部の日本語資料と思われるもののことですか。
口座があるのに凍結されてもいないのではということですか。
投資として扱われているという恐ろしい現実のことですか。
関連が疑われる雑誌は、あまりにも多いということですか。
航空機はやばいんじゃないのという話ですか。
ラジオまであるらしい、頭が痛いゼ、ということですか。
「爆発」に快感を覚えるようになるかもしれない恐ろしいゲームのことですか。
新宿歌舞伎町にあるらしいアジトと思われるもののことですか。

※このエントリは、ネタです。

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【リパブリカンFAQ 質問3】 IRAと「レジスタンス」の違いは?

【リパブリカンFAQ 回答3】
※このエントリは、いただいた質問を元に書いています。

“「テロ」か「レジスタンス」か”という用語法が前提にあるものとして回答します。(「レジスタンス」というものを厳密に定義したいとかではなく。)

「IRA」の行動は、その「IRA」が1969年の分裂前であろうと、分裂後のOfficials, Provisionalsであろうと、さらに分派したINLA, Continuity IRA, Real IRAであろうと――これらを総称して「リパブリカン」(実態としての「武装主義のナショナリズム」を表す)と言いますが――、彼らの考え方に沿うならば、「レジスタンス」と呼ぶべきでしょう。(私自身は自分の文章として書くときは、「テロ」とも「レジスタンス」とも呼ばず、単にIRAの用語である「武装闘争 armed struggle」を使ったり、より中立的で具体的な「攻撃 attack」などを使ったりしますが。)

また、必ずしも彼らの考え方に沿っていなくても彼らの行動を「レジスタンス」と書いている例として、Globalsecurity.orgの記述を引きます。(太字強調は引用者による。)
http://www.globalsecurity.org/military/world/para/ira.htm
... the Provisional IRA was the largest of the three republican armed resistance groups.

The policies of Sinn fein under the leadership Gerry Adams from 1994 to 1998 led to a split in the Provisional Irish Republican Army during the fall of 1997, with one faction accepting the new Good Friday Agreement, and the New or Real IRA continuing armed resistance to British partition.


Globalsecurity.orgが、Provisional IRAとReal IRAについて、"armed resistance" という記述をしていることに意外な印象を受ける方が多いのではないかと思います。私も意外な印象を受けました。

Globalsecurity.orgは「中立」の立場での記述でしょうが、実際に英語サイトを対象に「IRA resistance」で検索すると、用語法をめぐる議論を回避するために形式的に両論併記したい場合に "IRA resistance/terrorists" などと表している例もなくはないですが、「リパブリカン」のスタンスの記述で "IRA resistance" と書かれている例が多く確認できます。

つまり、「北アイルランド紛争」の「終わり」を1998年ベルファスト合意とし、それまでの「紛争」におけるIRAの行動 (actions) が――すなわち「統一アイルランドのための武装闘争」が「紛争」の軍事的側面の中心であると位置付ける場合(こういう見方が主流なので何ももったいぶって書かなくてもいいんですが)、その「IRAの行動」は「テロリストのもの」なのか「レジスタンスのもの」なのか、どちらかひとつを選択せよ、ということになると、「どちらの呼び方をするかは政治的なスタンスによるものだ」としか言いようがありません。

むろん、英国側はIRAを「テロ組織 terrorist organisation」として「テロ法 the Terrorism Act」で「特定組織」にしています (→現行法ではthe Terrorism Act 2000のPart II参照。the Terrorism Act自体は2006年に改定されているが、「特定組織」の部分は、2006年の法でも2000年のものをそのまま参照している)。しかし、そのことが示す「事実」は、英国側の公的なスタンスがそれである、ということだけです。普遍的事実ではありません。この点について少し考えると、そもそも「普遍的にテロリスト」とかいうものがあるのかどうかという話になってしまうので、今は先に進みます。(「普遍的にテロリスト」なるものがあるのかどうかは、このサイト全体で、多分扱わないと思います。無料で公開するという前提で扱えると私が考えている範囲を軽く超えてしまうので。よって、この点についてのご質問などには応じられないと思います。)

IRAの活動が何なのか、という点については、IRAの考え(主義主張)のベースを知ることが前提になります。

前置きが長くなりましたが、以下が本論です。

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2008年12月14日

【リパブリカンFAQ 質問4】 「共和主義シン・フェイン」とは。

【リパブリカンFAQ 回答4】
「共和主義シン・フェイン」は、「シン・フェイン」で日本語でウェブ検索すると上位に表示されると思いますが、「シン・フェイン」とは別の政治組織です。

【REP FAQ 1】の板書のような図で、the Provisional IRAの下に、「1986年、政治方針をめぐり分派」としてthe Continuity IRAの成立を説明しています。

このContinuity IRAの事実上の「政治ウィング」とされているのが「共和主義シン・フェイン (the Republican Sinn Fein: RSF)」です(RSFは公にこれを否定していますが)。英国では政党としては非合法ではありません(CIRAは非合法です)。一方で、1994年にProvisional IRAについての「テロ組織」指定を解除した米国は、CIRAとRSFについてはその指定を解除していません
As part of ongoing U.S. efforts against terrorism, the Secretary of State has designated the terrorist group Continuity Irish Republican Army, along with its aliases Continuity Army Council and Republican Sinn Fein, as a foreign terrorist organization under the Immigration and Nationality Act.


さて、【REP FAQ 1】では「1986年、政治方針をめぐり分派」と簡単に書いただけですが、PIRAからCIRAが、シン・フェインからRSFが分派する理由となったのは、「議会の拒否」すなわち「議会欠席主義 abstentionism」をめぐる根本的な対立です。

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2008年12月22日

【リパブリカンFAQ 質問5】 「IRAのマニュアル」が公開されていると聞いたのですが本当ですか。

【リパブリカンFAQ 回答5】
はい。公開されています。いつ、誰が公開したのかは私は知りませんが、the Provisional IRA (いわゆる「IRA」) がメンバーに渡していた訓練マニュアル "The Green Book "が、ネットで誰でも閲覧できるようになっています。閲覧したい方は、ウィキペディア英語版のエントリの末尾、"Further Information/Sources" (External Links) からどうぞ。ウェブ検索の結果もつけておきます。ウィキペディアに記載されているURLがつながらない場合などはウェブ検索からどうぞ。

また、この「マニュアル」については、ウィキペディア英語版での説明も非常に詳細で丁寧です。注のつけかたもしっかりしています。

それと、このNI FAQブログで各記事のあとに表示されるようにしてある参考文献のひとつ、Tim Pat Cooganの "The IRA" でのこの「マニュアル」についての部分は、CAIN(アルスター大学)に抜粋掲載されていますので、本を買わなくても読むことができます。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/organ/docs/coogan/coogan93.htm

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【リパブリカンFAQ 質問6】 IRAは「自爆」攻撃はしていませんよね。

【リパブリカンFAQ 回答6】
攻撃者が生還しないことを前提とした爆弾攻撃という意味では、1990年代初めに短期間だけですが、PIRAも「自爆」攻撃を行なっています。

「自爆」といっても、正確には、自爆の志願者に自爆させる(あるいは自爆を志願するように仕向ける)のではなく、死にたくない人に無理やり命を賭した攻撃をさせるという形です。英語ではproxy bomb(代理人による爆弾攻撃)と表されます。
http://en.wikipedia.org/wiki/Proxy_bomb

ウィキペディア英語版によると:

最初のプロクシ・ボム攻撃は、1990年にPIRAのアーミー・カウンシル(軍事評議会)に承認されました。英治安機関の人か英軍のシンパを「プロクシ」とし、その家族を人質にとり、当人に標的まで車爆弾を運転させるという計画です。そして1990年10月24日、武装して覆面をしたIRAメンバーが、英軍の基地で調理担当の仕事をしているパトリック・ギレスピーという男性(カトリック)の家族を人質にとりました。ギレスピーは1000ポンド(450キロ)の爆発物を積んだ車を運転させられ、アイルランドの南北のボーダーにある英軍の検問所へ。そして、車が検問所に到着したとき、遠隔操作で爆発物のスイッチが入れられ、ギレスピーは死亡、検問所にいた英兵5人も死亡しました。

この事件を報じるBBCのニュース:
http://www.youtube.com/watch?v=c66OvsRYmMA


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2009年03月01日

【リパブリカンFAQ 質問7】 1981年のハンガーストライキの背景は。

【リパブリカンFAQ 回答7】

1981年3月1日、北アイルランドのメイズ刑務所(旧称ロングケッシュ)で、リパブリカンの囚人によるハンガーストライキが開始されました。

アイリッシュ・リパブリカニズムとハンストという手段にはずっと前からの歴史があり、その歴史について触れることなく1981年のハンストだけを取り上げることは実はあまりよいことではないと思うのですが、とりあえずは1981年のハンストについて、ごく基本的なことを、なるべく一次資料を参照しながら簡単にまとめておきます。

まず、1981年のハンスト開始時の声明文を参照します。

「1981年3月1日、第二次ハンガーストライキの開始に際しての声明文」
1 MARCH 1981 STATEMENT AT START OF SECOND HUNGER STRIKE
http://larkspirit.com/hungerstrikes/81statement_start.html
http://web.archive.org/web/20090113061146/http://larkspirit.com/hungerstrikes/81statement_start.html
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2009年03月02日

【リパブリカンFAQ 質問8】 1981年のハンスト参加者について。

【リパブリカンFAQ 回答8】

1981年ハンスト参加者については、英語版ウィキペディアThe Irish Hunger Strike Commemorative Web Projectなどで調べることができます。

参加者は合計で23名、所属組織はProvisional IRAが19名、INLA (the Irish National Liberation Army) が4名。死者は10名(PIRA7名、INLA3名)です。

この前のハンスト、1980年10月のときは、ハンスト参加者7人全員が一斉にハンストを開始しましたが、1981年ハンストのリーダーだったボビー・サンズはこのやり方では当局に十分なプレッシャーをかけられないと考え、また、今回は死ぬまで絶食することになると見込んで、ひとりまたひとりと時期をずらしてハンストに入るという方法をとりました。

こうして、3月1日から9月21日まで、23人が続々とハンスト入りしました。

5月5日にサンズが絶命したあとにハンスト入りしたのが19人、うち6人が死亡、7人が家族の介入などの事由でハンスト中止、6人が終了宣言(10月3日)でハンストを終了しました。

以下、1981年ハンストの死者について、ハンスト入りした順番に。

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【リパブリカンFAQ 質問9】 1981年のハンストでの要求について。

【リパブリカンFAQ 回答9】

【リパブリカン質問7】に書いたように、声明文で彼らは、自分たちにとって正当な「政治犯としての待遇 (political status) を受ける権利を要求する」と述べています。また、これまでも4年以上にわたるブランケット・プロテストやダーティ・プロテスト(ノー・ウォッシュ・プロテスト)でそれを要求してきたがそれが受け入れられないので、国際世論を動かして英国政府にプレッシャーを加えたい、という内容のことも同じ声明文で述べられています。(これらについて詳細は【リパブリカン質問7】をご参照ください。

ではその「政治犯としての待遇 (political status)」とはどのようなものか、という点については、1976年にSpecial Category Status (→詳細は【リパブリカン質問7】を参照) が廃止された後の一連の流れから見なければなりません。別な言い方をすると、Special Category Statusの廃止後、ロングケッシュの囚人たちは一貫して同じことを要求してきた、ということです。

英語版ウィキペディアから:
http://en.wikipedia.org/wiki/1981_Irish_hunger_strike
#Blanket_and_dirty_protests


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2009年03月03日

【リパブリカンFAQ 質問10】 1981年ハンスト参加者のインタビューなどはないのですか。

【リパブリカンFAQ 回答10】

ネットで閲覧できて情報量が多い1981年のハンスト参加者のインタビューとしては、ハンストから25年となる2006年3月にガーディアンが取材した記事があります。(他にもあるかもしれませんが、とりあえず。他に何かこれというのがあればこちらのコメント欄からお知らせいただけると嬉しいです。)

The legacy of the hunger strikes
Melanie McFadyean
The Guardian, Saturday 4 March 2006
http://www.guardian.co.uk/politics/2006/
mar/04/northernireland.northernireland


これは週末の別冊に掲載されたもので、誌面で確か4ページの超ロング・インタビュー記事です。読むのにかなり時間がかかりますが(そして精神的にも疲れる)、1981年ハンストという出来事に関心がある方、1970年代の北アイルランド紛争の実態を知りたいという方はぜひ。

インタビューを受けている人々について、記事を書いている記者は次のように説明しています。

There were 13 other prisoners who survived that hunger strike (two, Pat McGeown and Matt Devlin, have since died). Seven agreed to be interviewed: Laurence McKeown, Paddy Quinn, Pat Sheehan, Jackie McMullan, Brendan McLaughlin, Gerard Hodgins and Brian (not his real name - his workmates know nothing of his past and his job takes him to loyalist areas). They pass unnoticed in the street; they have slipped into ordinary lives.

ハンガーストライキを生き残った囚人は13人(そのうちの2人、Pat McGeownとMatt Devlinは現在までに亡くなっている)。今回取材に応じてくれたのは以下の7人である。Laurence McKeown, Paddy Quinn, Pat Sheehan, Jackie McMullan, Brendan McLaughlin, Gerard Hodgins, そしてBrian(本名ではない。彼の職場の人々は彼の過去について何も知らないし、仕事の都合で彼はロイヤリストの地域に行かなければならないため仮名を用いる)。街を歩いていても誰も彼らに気付くことはない。彼らは平凡な生活の中に入ってしまっている。


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【リパブリカンFAQ 質問11】 1980年ハンストについて。

【リパブリカンFAQ 回答11】

1980年のハンストについては、参加者の名前で検索すれば、インタビューなどがけっこう出てくるのではないかと思います。参加者の名前は英語版ウィキペディアで確認できます。

「続きを読む」以下に、1980年ハンストで主導的な立場にいたブレンダン・ヒューズが亡くなったとき(2008年2月)の本家でのエントリを、訃報としての追悼の部分を削除して、コピペします。(長いけど。)それと、2008年12月にもうひとりの80年ハンガーストライカー、ショーン・マッケンナが亡くなったときのエントリも。

サンズの1981年ハンストは、ヒューズの1980年ハンストの延長線上にあるものです。81年のハンストが「10名死亡」というあまりに衝撃的な展開になり、後への影響も大きかったために、80年のハンストは見過ごされがちですが。

では、ここからコピペ。

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2009年03月10日

【リパブリカンFAQ 質問12】 「真のIRA (Real IRA)」はIRAですか。

【リパブリカンFAQ 回答12】

主義主張、思想信条といった点では、「真のIRA」は "IRA" かもしれません。しかし組織としては、「真のIRA」は「IRA」ではありません。

北アイルランド紛争について「IRA」と言う場合、それが「思想信条」のことなのか「組織」のことなのかが微妙なことがよくあるのですが、アカデミックな分析や実際に暮らしている人たちの言語ではなく報道・ニュースの言語でいう「IRA」はほぼ例外なく組織のことですし、前提としては、「真のIRA」は「IRA」とは別の組織である、と認識してください。

いわゆる「IRA」はProvisional IRAのことです。「真のIRA」、つまりReal IRAは、Provisional IRAの分派です。この「分派」というのをもう少し詳しく言うと、Provisional IRAの方針に納得できないので、Provisional IRAを抜けて別な集団・組織を作った、ということです。具体的には、1997年から98年にかけて「和平プロセス」に賛成した人々はProvisional IRAに残り(数の上でも多数だった彼らが「リパブリカン主流」と言える存在です)、それに反対したメンバーがProvisional IRAを抜けて結成したのがReal IRAです。

「IRA」と「真のIRA」の違いとして最も重視されるべきことは、前者は現在は活動しておらず、後者は現在も活動している、ということです。(ここでは「現在」は2008年から2009年のことを言います。)

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*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/


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