現在進行中の事件などに関しては、本家およびはてなブックマークをご参照ください。

2008年11月26日

【質問16】 「北アイルランド紛争」の英語での呼称について。

【回答16】
「北アイルランド紛争」は、英語では次のように呼ばれます。

※"Northern Irish" がついているものの検索結果の件数が少ないのは、"Northern Irish" という言い方自体が比較的新しいものだからではないかと思います。

私はこの8年くらい「北アイルランド紛争」について英語でネットで読んだりしているのですが、最も「普通」に馴染んでいるのは、"the Troubles" です (「北アイルランド紛争」は、自分で話したり書いたりするときは、"the Troubles in Northern Ireland" と自然に出てきます)。

この用語法については、アルスター大学CAINデータベースのFAQが明解な説明をしています。

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2008年11月27日

【質問17】 北アイルランド紛争はいつ「始まった」のですか。

【回答17】
誰もが一致する見解は存在しないながら、一般的には、1968年10月のデリーでの公民権要求デモ(「カトリック」のコミュニティを中心とした動き)、もしくは1969年8月の「ボグサイドの戦い」(「カトリック」のコミュニティでの動き)と英軍の派遣(オペレーション・バナーの開始。英国の介入)が、「北アイルランド紛争の始まり」とされるようです。

NI紛争について最も信頼性の高いアルスター大学のCAINプロジェクトも、そのように扱っています。
http://cain.ulst.ac.uk/faq/faq2.htm#when
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch68.htm

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【質問18】 北アイルランド紛争は今も続いているのですか。

【回答18】
形式としては、完全に終わっています。(社会的側面、特にメンタリティの面では、終わっているとは言えないと思いますが。)

現在でもリパブリカンの武装闘争至上主義者のような人たち(非・反主流派リパブリカン dissident Republicans)が活動を続けてはいますが、現状としては、彼らの活動は「紛争」と呼ぶべき規模ではありません。

詳細は次の項で。

非主流派リパブリカンの動きについては、本館のNIカテで書いています。(相当きなくさいことはきなくさいのですが。)
http://nofrills.seesaa.net/category/1773838-1.html

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【質問19】 北アイルランド紛争はいつ「終わった」のですか。(政治面について)

【回答19】
「紛争」の終結時期については、政治面についての話なのか、軍事面についての話なのかに分けます。長くなるので。

政治的には1998年4月のベルファスト合意(別名「グッドフライデー合意」、以下「GFA」)を大きな節目とするのが一般的です。

ただGFAは「大きな節目」ではありましたが、結果的にはこれだけですべてが終わったというわけではなく、最終的に政治の面で決着がついたといえるのは2006年10月のセント・アンドリューズ合意です。この合意で「北アイルランド自治政府」がまともに機能しうるものとして復活した(2007年5月)ということで。(「機能しうる」は「機能する」と同義ではありませんが。)

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【質問20】 北アイルランド紛争はいつ「終わった」のですか。(軍事面について)

【回答20】
軍事面では、「紛争」の終結は1997年の停戦 (ceasefire) が大きな節目でしたが、まずはそれに至る段階について少し。

参照先:
http://en.wikipedia.org/wiki/
Chronology_of_the_Northern_Ireland_Troubles


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2008年12月05日

【質問21】 北アイルランド紛争の犠牲者数は。犠牲者について調べる方法は。

【回答21】
最も確実な資料であるアルスター大学のCAINデータベース内にあるSutton Index of Deathsによると、北アイルランド紛争で命を奪われた人は、3,524人。(ただし期間は、1969年7月14日から、2001年12月31日とする。)
http://cain.ulst.ac.uk/sutton/tables/Organisation_Summary.html

大まかな内訳は下記の通りです:
リパブリカン武装組織が殺した...2,056人
ロイヤリスト武装組織が殺した...1,020人
治安当局が殺した...367人
  -英治安当局...362
  -アイルランド共和国治安当局...5
不明...81人

http://cain.ulst.ac.uk/sutton/ では、犠牲者について、より細かく見ることができます。以下にこのデータベースの見方を簡単に説明します。

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【質問22】 北アイルランド紛争の当事者となった武装組織はいくつありますか。

【回答22】
【質問21】で少し述べましたが、誰かを殺した/死なせたものに限定しても、当事者となった武装組織は25を軽く超えています。
(RUC), (USC), (REP), (LOY), (BA), (UVF), (SE), (IRA), (nk), (OIRA), (UDA), (UFF), (INLA), (RHC), (UDR), (RAF), (PAF), (PAG), (PLA), (IA), (RepAF), (PRA), (CRF), (IPLO), (GS), (LRDG), (IPLOBB), (DAAD), (BP), (LVF), (rIRA), (RHD)

※これらの略語の中には「どれとは特定できないロイヤリストの組織」(=LOY)とか、「不明」(=nk)といったものも含まれていますので、それらを除外して25以上。私も数えるのいやです。

この「アルファベット・スープ」をある程度把握しておかないと、「北アイルランド紛争」について調べたり知ったりすることは、大変難しいです。その点については、また改めて……。

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【質問23】 北アイルランド紛争の基本的な構図は。

【回答23】
【質問22】に述べた通り、実際には「何というカオス」と言うべき状況ですが、この項では図式的に、単純化して書きます。

■1960年代後半(「紛争」が始まりかけのころ):
「プロテスタント」(その多数がユニオニスト)のコミュニティ(武装組織としてUVFなど。警察もほとんどがプロテスタント)
    対
「カトリック」(その多数がナショナリスト)のコミュニティ(武装組織としてIRA ※1969年の分裂前)

■1969年8月の英軍介入から(「紛争」の時期):
「プロテスタント」のコミュニティ&「英軍」などの英治安当局
    対
「カトリック」のコミュニティ

ここまで単純化するのもどうかなあ、というくらいに単純化すると、上記のようになります。まずはこの構図を把握することが出発点です。

そして、外部の者としては、「プロテスタント」と「カトリック」という区分けは、こういった「単純化した構図」においてのみ使うべき区分けだと私は考えています。

その点については次の項で。
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【質問24】 「プロテスタント系住民」とは。「カトリック系住民」とは。

【回答24】
これまた大雑把な説明ですが、北アイルランドの「プロテスタント」は、17世紀のアルスター入植でスコットランドから移住した人たち(つまり「スコットランド系アイルランド人」)が多く、宗派としてはプレスビテリアン(長老派。つまりカルヴァン派)が多い。この点については、Church of Scotland (the Kirk) の概略なども参照してください。

一方「カトリック」は元々住んでいた人たち、つまり「アイルランド人」です。

わざわざ書くまでもないことですが、「プロテスタント」は16世紀の「宗教改革」によってできたもので、それ以前は「カトリック」しかありませんでした。(「カトリックしかなかった」とはいえ、正確には、カタリ派などもあったし、そのような「異端」がなければスペインの異端審問もなかったのですが。)

そして、イングランドでは「宗教改革」で成立した「イングランド国教会 Church of England」が――これは「教会の首長」が「国王」である、という宗派です――あり、それとは別に、カルヴァン派のような大陸的な意味でのプロテスタントがあり、そのいずれもが「プロテスタント」と呼ばれます。

そして――説明が下手なのでどんどんややこしくなるのですがご容赦を――、16世紀とか17世紀とか、イングランドおよびブリテンが激動の時代だったころ、アイルランドはその植民地支配を受けており(←これもまた単純化した説明ですが)、「元々住んでいたアイルランド人=カトリック」、「ブリテンからの入植者=プロテスタント」(国教会であれ、プレスビテリアンであれ)という大まかな構図になっていました。

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【質問25】 北アイルランド紛争は宗教紛争ですか。

【回答25】
この点については、そのうちまた書くかもしれませんが、当座は【質問24】をご参照ください。
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2008年12月23日

【質問26】 「ロング・ケッシュのホワイトノイズ」とは。

【回答26】
1970年代、北アイルランドでは治安当局から「カトリック」の人々に対し、実質的に「拷問」と呼べることが行なわれていました。その「拷問」で音が使われました。

EntertainmentWhite noise in a white room
White noise in a white room
White noise in a white room
White noise in a white room

Trapped in heaven life style (locked in Long Kesh)
New looking out for pleasure (H-block torture)
It's at the end of the rainbow (White noise in)
The happy ever after (a white room)

Dirt behind the daydream
Dirt behind the daydream
The happy ever after
Is at the end of the rainbow

―― Gang of Four, "Ether"
http://ie.youtube.com/watch?v=-dH6FltYv2Q

上記は1979年にリリースされた英国のバンド、Gang of Fourのファースト・アルバム、Entertainment! の1曲目です。「ロング・ケッシュのホワイトノイズ」のこと、「Hブロックの拷問」のことをストレートに歌詞にした(ちなみにこのGang of Fourは中国の「四人組」のことではなく、ポスト構造主義の「四人組」のほう。バルトとかフーコーとか。)

「ロング・ケッシュ Long Kesh」は「メイズ刑務所 Her Majesty's Prison Maze」の旧称・愛称(刑務所に「愛称」もあったものではありませんが、「通称」というより「愛称」に近いと思います)。元々は英空軍の施設だった場所が、1971年の「インターンメント」導入(英軍とRUCのデメトリウス作戦)で「ナショナリスト/リパブリカンの隔離施設・強制収容所」として利用されるようになったものです。(「インターンメント」、「デメトリウス作戦」については稿を改めます。)

当初はつかまえてきた人たちは英空軍時代のニッセンハット(かまぼこ型の建物)に放り込まれていたのですが、1970年代半ばに鉄筋コンクリートのHの字型の刑務所然とした建物(「Hブロック H-blocks」と呼ばれます)が建設され、このHブロックで1981年のハンガーストライキをはじめとする多くのことが起こります。それはまた稿を改めて。

1971年8月、デメトリウス作戦で身柄を拘束された人たちの中に、施設に到着するやいなや頭に袋をかぶせられた人たちが14人います。彼らは "hooded men" とか、"Guineapigs" と呼ばれています。彼らは英治安当局の「尋問方法」の実験台にされました。

この「尋問方法」が、一般に「5つのテクニック the five techniques」と呼ばれている方法です。

英語版ウィキペディアから:
http://en.wikipedia.org/wiki/Five_techniques

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2008年12月24日

【質問27】 「紛争」中のベルファスト、クリスマスの様子は。

【回答27】
今から30年前、1978年のクリスマスの時期にオーストラリア人記者がベルファストを取材したフィルムが、BBCのサイトにアップされています。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7792046.stm

英語の聞き取りなんかできなくっても見ればわかりますから、見てください。

1978年というと、こういう年です。
http://cain.ulst.ac.uk/othelem/chron/ch78.htm


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2009年01月17日

【質問28】 ナショナリストのエリアにチェ・ゲバラの壁画がある理由は。

【回答28】
derry-che-300.jpgエルネスト・チェ・ゲバラはアルゼンチン生まれですが、お父さんのエドゥアルド・ラファエル・エルネスト・ゲバラ・リンチは、「リンチ Lynch」というファミリーネームから明らかなようにアイルランド系です。家系としては、1715年にゴールウェイに生まれたパトリック・リンチという人にさかのぼれるのだそうです。(チェ・ゲバラはアイルランドのほか、バスクの血も受け継いでいます。)

この点については、下記ページが詳しいです。
Che Guevara's Basque & Irish Roots
Seán Mac Mathúna
http://www.fantompowa.net/Flame/che_guevara_irish_roots.htm

チェ・ゲバラについて、その暗殺後にお父さんが述べた言葉に「アイルランド」が出てきます。
"The first thing to note is that in my son's veins flowed the blood of the Irish rebels, the Spanish conquistadores and the Argentinean patriots. Evidently Che inherited some of the features of our restless ancestors. There was something in his nature which drew him to distant wanderings, dangerous adventures and new ideas."
http://en.wikipedia.org/wiki/Che_Guevara


デリーにある壁画には、この言葉から「息子の体にはアイルランドの反乱を行なった人たちの血が流れていた」という部分が抜粋されています。

http://www.fanpop.com/spots/ireland/images/3218063

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2009年03月04日

【質問29】 ロング・ケッシュってどういう感じだったんでしょうか。

【回答29】

「ロング・ケッシュ Long Kesh」は、「メイズ刑務所」の旧称にして通称です。英空軍の施設だった場所が、1970年代以降、パラミリタリー組織のメンバーを収容する施設として使われてきました。初期は軍施設時代のニッセンハット(かまぼこ型の建物)を利用していましたが、1970年代半ばにコンクリートの建物(形状から「Hブロック」と呼ばれる)が新たに作られ、そこでハンスト、大脱走、ビリー・ライトの射殺など数々の出来事が起こりました。刑務所としてはグッドフライデー合意後の2000年に閉鎖され、2006年に取り壊しが始まり、跡地の再開発計画が……その話は現状わけわかんないからやめときます。

「ロングケッシュ」の概略はウィキペディア英語版やBBCなどで。
http://en.wikipedia.org/wiki/Maze_(HM_Prison)
http://news.bbc.co.uk/hi/english/static/
in_depth/northern_ireland/2000/maze_prison/default.stm


写真はflickrにグループがあります。
http://www.flickr.com/groups/mazeprison/

取り壊し前の2005年9月に特別一般公開が行なわれ、内部が細かく撮影されています。ものすごく貴重な資料。
http://www.flickr.com/photos/stillburning/sets/1001973/
http://www.flickr.com/photos/a11sus/sets/998455/

以上が施設概略で、以下が本題です。といっても例によって本家からのコピペです。

1970年代前半、まだニッセンハットだったころにインターンメント(少しでも「疑わしい」と思われたカトリックの男性たちがほとんど見境なく当局に身柄拘束され、拘禁された上に拷問にもさらされた)でロング・ケッシュに入れられていたローナン・ベネットの文章です。

コピペ元:
2008年11月02日 "talking to a dead man" ――ロング・ケッシュを経験した人の映画Hungerのレビュー
http://nofrills.seesaa.net/article/108986493.html

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2014年06月10日

「IRAの闘争」は、「北アイルランドの独立闘争」ではありません。

※こっちのブログに書こうと思ったんだけど、FAQの形式にするのが面倒だったので、本家のブログに書きました。クロスポストは誉められたことではないので、リンクと抜粋だけ。

2014年06月10日 IRAの武装闘争について「北アイルランド独立闘争」だとするという虚偽がいまだにまかり通っているので、説明するよ。
http://nofrills.seesaa.net/article/399124648.html

彼らの闘争は、「北アイルランドの独立闘争」ではない。「北アイルランドという不正な存在を解消し、アイルランドを統一し、アイルランドの完全な独立を達成するための闘争」である。彼らの目的は、英語では一言で言い表せる。"United Ireland" だ(これが日本語では「統一アイルランド」で、字面がまさに「アルスター統一党」などユニオニストの側の理念をいう語と一致するので、ムダに混乱を招いている)。それは「北アイルランド」ではない。「北も南もない、ひとつのアイルランド」だ。


「北アイルランド独立」を主張したのはユニオニスト強硬派(プロテスタント)の側です。数としては少なすぎて、北アイルランドという小さなくくりで見てもさほど重要ではないくらいだったけれど(でもUKの極右の流れなので、その観点からは重要)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ulster_nationalism
http://en.wikipedia.org/wiki/Ulster_Third_Way
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*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/


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