現在進行中の事件などに関しては、本家およびはてなブックマークをご参照ください。

2009年05月04日

【写真】「紛争」の始まり――PDの行進への待ち伏せ襲撃@1968年

ベルファスト・テレグラフの写真特集、"A Conflict in Pictures" から:
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece

写真URL:
http://www.belfasttelegraph.co.uk/photo-galleries/article13909724.ece?ino=289
【URLは2009年5月3日確認。特に告知なく変更される可能性があります。またURLが変わると写真が見つけられなくなるので、「何となくこういう写真」ということがわかる程度のサムネイル画像を下記に添付します。】

キャプション:
People's Democracy group organised a four-day march from Belfast to Londonderry, starting on 1/1/69. The most serious incident was near Burntollet Bridge in County Londonderry, when marchers were ambushed by some 200 loyalists.

「『ピープルズ・デモクラシー』は、1969年1月1日から、ベルファストから(ロンドン)デリーへと向かう4日間の行進を組織した。このときに発生した最も重大な事態は、ロンドンデリー州のバーントレット橋近くでのこと。行進参加者が200人ほどのロイヤリストに襲撃された」

289_civ-200.jpg

バーントレット橋での待ち伏せ襲撃については、「北アイルランド紛争はいつ、どのようにして始まったか」を説明した文章には必ず出てきます。ベルファスト・テレグラフの写真では、単ににらみ合っているだけのようにも見えますが、丸腰の行進参加者を待ち伏せていた200人のロイヤリストは組織化されており、金属棒などを持って行進の参加者を襲いました。また、このロイヤリストの集団の中には、当日非番だった警官も含まれていました。写真には制服を着た警官が人々の中にいるのが確認できますが、襲撃の際、警官は何もしないという形で襲撃に加担したそうです。

「ピープルズ・デモクラシー (PD)」は、1968年10月にベルファストのクイーンズ大学で始まった公民権運動のグループ。1968年10月5日にデリーでNICRAの行進が警察(RUC)による弾圧を受けたあと、ベルファストでより急進的な理想家肌の学生がPDを立ち上げたそうです。

ベルファスト・デリーの行進は、米国のマーティン・ルーサー・キング牧師のセルマ・モントゴメリーの行進に倣ったもので、参加者は40名ほど。当時の日本語の出版物によると、「北アイルランドのアイルランド人は白いニグロだ」というスローガンがあり、また実際にそれは事実をうまく現していたようです。
http://en.wikipedia.org/wiki/People%27s_Democracy

当時、ユニオニストの独占政権だった北アイルランド自治政府は、PDやNICRA (Northern Ireland Civil Rights Association) といった「公民権運動」の大衆行動を「違法 illegal」なものとしました。具体的には、デモや行進に法的な許可を与えない、という形で。1972年1月30日のデリーの「ブラッディ・サンデー事件」の行進は、NICRAが組織したもので、当局の許可なしで行なわれました。だから、「違法なデモ行進」+「その地域で跋扈する武装勢力(IRA: OfficialもProvisionalも)」というプレテクストが、英軍の行動に与えられていたのです。

PDについてより詳しいことを調べたい方は、アルスター大学のCAINデータベースに、既に絶版になっている本が一部収録されているので、それをご参照ください。
http://cain.ulster.ac.uk/events/pdmarch/arthur74.htm

なお、PDもNICRAも「少数派の人々の公民権」を求めて活動し、「少数派」とはすなわち「カトリック」ではありましたが、組織そのものはノン・セクタリアンで、プロテスタントもカトリックもいました。映画『ブラッディ・サンデー』の「視点」のひとつであるアイヴァン・クーパー議員(ジェイムズ・ネスビットが演じる)は、NICRAの中心的な人物のひとりでしたが、宗派としてはプロテスタントです。

「北アイルランド紛争」が「宗派間対立」を前提として含むものであったことは事実ですが、「宗派間対立」が紛争の「原因」ではない、ということは、こういった経緯を見れば一目瞭然です。

ただし、ロイヤリストの側がオレンジ・オーダーなど宗教の組織をそのまま使って政治運動(武装活動含む)を組織化し、"For God and Ulster" という標語にあるように「宗教」を軸とする考え方をしていたことは事実です。

しかし、「虐げられたカトリック」の側が、「宗教(カトリック)」をよりどころとしていたわけではありません。(彼らの抗議行動のお手本はマーティン・ルーサー・キング牧師の運動です。キング牧師はプロテスタントの宗派のひとつであるバプテストの宗教家です。)

posted by nofrills at 16:00 | TrackBack(0) | 写真で見る北アイルランド紛争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/


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