今からちょうど10年前の1999年3月15日13時ごろ、アーマー州ラーガン (Lurgan) で、車に仕掛けられていた爆弾が爆発、車に乗っていた人が殺されました。
(これが、1998年のグッドフライデー合意の後であること、1998年8月のオマー爆弾事件と、その後のReal IRAの停戦の後であることにも留意してください。)
まずはラーガンの場所(すぐ西に、つい先日警官が射殺されたクレイガヴォンがあります):
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車に乗っていたのはローズマリー・ネルソン (Rosemary Nelson) という40歳の女性でした。彼女の自家用車に爆発物が仕掛けられていて、自宅を出て出かける途中で爆発したのです。爆発で両脚を吹き飛ばされていたネルソンは、搬送先の病院で亡くなりました。
ネルソンは、1989年に自宅で射殺されたパット・フィヌケンと同様に、ナショナリスト/リパブリカンが被告になった裁判で弁護士として活動していました。彼女のクライアントには、広く知られているリパブリカン(Provisional IRAのメンバー)が複数いました。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rosemary_Nelson
ネルソンを殺した爆弾についてはRed Hand Defenders (RHD) が犯行声明を出しました。当時は「謎のロイヤリスト組織」だったRHDは、後から判明したところによると、UDAとLVFの強硬派(和平に反対する立場のパラミリタリー)が使っていた組織名で、特にLVFは、ほぼ全員がRHDで活動していたようです。非常に大雑把に説明すれば、この組織は、リパブリカン側のReal IRAやContinuity IRAと同じように、政治プロセスが(ゆっくりとであれ)動き出してからも「戦争」を継続していたということになります。(でも、リパブリカン強硬派のReal IRAの名前を知っていた人も、ロイヤリスト強硬派のRHDについては聞いたこともなかったのではないかと思います。)
RHDについては詳細は項を改めたいと思いますが、少しだけメモしておくと、2002年にはカトリック学校の職員とカトリック教徒である郵便局員を「正当なターゲット」であると宣言しています。カトリックの家に爆弾(パイプボムなど)を投げ込んだりしています。また、ネルソン爆殺の1999年というとロイヤリストの内紛がひどくなりつつあった時期ですが、当時の報道を見ると、RHDはUVFと激しく敵対していたようです。
ローズマリー・ネルソンは、その弁護士としての活動ゆえに広く知られた存在であっただけでなく、ロイヤリスト武装勢力とRUC(当時の北アイルランド警察)から脅迫を受けるような存在でもありました。ウィキペディアから:
http://en.wikipedia.org/wiki/Rosemary_Nelson
Many of her clients claimed that RUC officers had threatened her through them several times. In 1998, the United Nations Special Rapporteur on the Independence of Judges and Lawyers, Param Curamaswamy, noted these threats in his annual report, and stated in a television interview that he believed her life could be in danger. He made recommendations to the British government concerning threats from police against lawyers, which were not acted upon. Later that year, Nelson testified before a committee of the United States Congress investigating human rights in Northern Ireland, confirming that death threats had been made against her and her three children.
ネルソンのクライアントの多くが、RUCが自分たちを通じてネルソンを脅していたことが何度かあると主張している。1998年には、国連の司法と法律家の独立についての特別報告者であるParam Curamaswamyが、年次報告書のなかでネルソンに対する脅迫について取り上げ、テレビのインタビューで、ネルソンの生命は危なくなるかもしれないと考えている、と述べた。彼はまた、英国政府に対し、警察から法律家に対する脅迫に関して勧告を行なったが、それは流された。
1998年、国連特別報告者が上記のように述べたあとで、ネルソンは北アイルランドの人権について調査を行なっている米国議会委員会で証言を行い、自分と3人の子供たちに殺すという脅迫がなされていることについて、事実だと認めた。
当時の北アイルランド警察(RUC)は、宗教的にはプロテスタントで、政治理念的にはユニオニストで、手段的にはロイヤリスト、という警官が非常に多かったのですが、警察署まで身柄を引っ張ってきたナショナリストを釈放するときに、「弁護士先生に伝言だ」という形で脅迫してきたそうです。これはその釈放される人を通じてコミュニティ全体に警察の優位を示す、という目的があってのことでしょう。
ネルソンは、ラーガンを拠点に、ナショナリスト/リパブリカンの人々の弁護活動を行なっていました。その中には、UDR(警察支援を行なう英軍のレジメント)の隊員を殺したとして1993年に有罪になっていたIRAメンバーの上訴審で逆転無罪を勝ち取ったこと(1996年。証拠に問題があったことを暴いた)などが含まれます。このIRAメンバーは、1997年に警官2名殺害の容疑で逮捕・起訴されましたが、これもcase collapsedになっています。
そしてこの(元)IRAメンバーが、2009年3月の英軍基地襲撃事件で逮捕された(3月14日)のだから、もう私の頭の中は情報の交通整理で大変です。(^^;)
(たぶん「武装闘争で統一アイルランドを」とかいった大義名分より、「おれは警察は信用してないしできない」といった体験ベースの結論のほうが重要、ということではないかと思います。この人に限らず、現在非主流派にいる紛争時代の闘士は、ある程度は共通してそうだと思います。イデオローグは別として。)
またネルソンは、1997年4月にロイヤリストの集団に撲殺されたカトリックの民間人ロバート・ハミルさんのご家族の弁護士としても活動していました。
ロバート・ハミルの事件では、彼が暴行を受けている現場にずっと警察がいたにもかかわらず介入しなかったという事実があり(ネルソン弁護士はその「事実」を証明しようと闘ったのですが)、それが「ロイヤリスト武装組織と警察とがつながっていた (collusion: 癒着、結託)」を意味する可能性があるとして、インクワイアリー(真相究明の法的手続き)が開始されることが決定され、2005年からはインクワイアリーが進められています(ときどきBBC NIの記事になります)。
このほか、メディアの注目が大きかった事例として、1996年7月のドラムクリー紛争(7月のオレンジオーダーのパレードでものすごいことになった件。詳細は別項にします。予定ですが)で、カトリック系住民側の弁護士として活動したこともあります。
ローズマリー・ネルソン爆殺事件も、ハミル殺害事件と同じく、治安当局とロイヤリストとの結託の可能性が高いとのことで(自宅の場所、行動パターン、彼女が使っている車などについての情報は、ロイヤリストには入手できないはずだし――事件前日まで家族で旅行に出ていて、ローズマリーの車を置いて家を空けていたと当時のBBC記事にあります――、車に仕掛けられていた爆弾は、ロイヤリスト強硬派にしては高度すぎた)、インクワイアリーが開始されています(2005年から)。
ただし、ネルソン・インクワイアリーは、データの入ったディスクの紛失など、最近、奇妙なことが発生しています(こちらもときどき、BBC NIの記事になります)。
つい数週間前のインクワイアリーでは、ローズマリー・ネルソン(女性)がクライアント(男性)とデキていたとかいう「噂」が蒸し返されたりと、かなりものすごい状況になっていました。法的な場で何が本題なのかわけわからんという状態になることは普通にありますが、当時の北アイルランド警察のトップ(サー・ロニー・フラナガン)が証言する必要があることでしょうかね、これは。
Sir Ronnie denies claim he called murder victim 'an immoral woman'
Tuesday, 20 January 2009
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/sir-ronnie-denies-claim-he-called-murder-victim-lsquoan-immoral-womanrsquo-14147355.html
以下、同じころの記事(結局、サー・ロニー・フラナガンは「私は何も知りませんでした」と言っているだけなのですが):
Former RUC chief Flanagan 'unaware' of Special Branch files on solicitor Rosemary Nelson
Tuesday, 20 January 2009
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/former-ruc-chief--flanagan-lsquounawarersquo-of-special-branch-files-on-solicitor-rosemary-nelson-14147354.html
Police 'knew who built and planted fatal Nelson bomb'
Thursday, 22 January 2009
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/police-lsquoknew-who-built-and-planted-fatal-nelson-bomb-14149989.html
……というわけで、ローズマリー・ネルソン爆殺については、まだ真相解明の途上です。「解明」されるまでには、まだしばらく時間がかかるでしょう。
北アイルランド紛争で治安当局(国家権力)と武装組織がつながっていたと考えられる事件は数多く起きています。その中でも上で言及したロバート・ハミル事件、ネルソン事件と、ビリー・ライト事件、パット・フィヌケン事件の英国での4件と、アイルランド警察が絡んでいたと考えられる2件の事件(@アイルランド共和国でインクワイアリーが行なわれる)については、特別に、真相究明のインクワイアリーが行なわれることが決まりました。しかしながら、それが決まった直後に英国政府(ブレア政権)はInquiry Act 2005という法律を作り、インクワイアリーという法的手続きについて、政府側の思い通りにできる範囲を大きくしてしまいました。パット・フィヌケンの家族・支援者はこれに反対し、インクワイアリーの開始自体を認めていないので、フィヌケン事件のインクワイアリーはまだ一度も開かれていませんが、英国で行なわれるそのほかの3件のインクワイアリーは、2005年から進められています。……と書きつつ、これらのインクワイアリーについては別項にします。
■参照リンク集:
BBC News (Monday, March 15, 1999 Published at 16:50 GMT):
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/297183.stm
Rosemary Nelson Inquiry:
http://www.rosemarynelsoninquiry.org/
Wikipedia | Rosemary Nelson:
http://en.wikipedia.org/wiki/Rosemary_Nelson
Pat Finucane Centre:
http://www.patfinucanecentre.org/cases/rosemary/rosemary.html
http://www.patfinucanecentre.org/cases/rosemary/chronology.html
Other sources (human rights):
http://www.hrw.org/en/news/1999/03/14/brief-biography-lawyer-and-human-rights-advocate-rosemary-nelson
Other sources (Irish nationalism):
http://irelandsown.net/rosemaryN.html
http://www.troopsoutmovement.com/rosemarynelson.htm
http://www.anphoblacht.com/news/detail/36527
最後のURLは、警察(RUC)側の証人が、今なお「ローズマリー・ネルソンは信用ならない」ということを盛んに印象付けようとしているということについてのシン・フェイン機関紙の記事です。
本筋とはあまり関係ないのですが、ジョン・ル・カレの『ナイロビの蜂』(映画化もされていますが原作でぜひ。全然別物なので)で、何者かに殺されたテッサ・クエイルが、当局によってどのような人物であるとされたか、そして(映画ではなく小説の)最後で、テッサの夫が暴いた「真相」がどうなったか――この小説は、私にとっては、何となく、このローズマリー・ネルソンの事件を思わせるものでした。
American Bar Associationの Human Rights Magazine, Fall 2000 号の記事、非常によくまとまっています。アメリカの法律家が書いているので、産地直送からプロパガンダ成分が抜け、「みんなが知ってるから書かない説明」が加えられていて、読みやすいです。
Paying the Ultimate Price for Human Rights: The Life and Death of Rosemary Nelson
By Elisa Massimino
http://www.abanet.org/irr/hr/fall00/massimino.html