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2009年01月17日

【質問28】 ナショナリストのエリアにチェ・ゲバラの壁画がある理由は。

【回答28】
derry-che-300.jpgエルネスト・チェ・ゲバラはアルゼンチン生まれですが、お父さんのエドゥアルド・ラファエル・エルネスト・ゲバラ・リンチは、「リンチ Lynch」というファミリーネームから明らかなようにアイルランド系です。家系としては、1715年にゴールウェイに生まれたパトリック・リンチという人にさかのぼれるのだそうです。(チェ・ゲバラはアイルランドのほか、バスクの血も受け継いでいます。)

この点については、下記ページが詳しいです。
Che Guevara's Basque & Irish Roots
Seán Mac Mathúna
http://www.fantompowa.net/Flame/che_guevara_irish_roots.htm

チェ・ゲバラについて、その暗殺後にお父さんが述べた言葉に「アイルランド」が出てきます。
"The first thing to note is that in my son's veins flowed the blood of the Irish rebels, the Spanish conquistadores and the Argentinean patriots. Evidently Che inherited some of the features of our restless ancestors. There was something in his nature which drew him to distant wanderings, dangerous adventures and new ideas."
http://en.wikipedia.org/wiki/Che_Guevara


デリーにある壁画には、この言葉から「息子の体にはアイルランドの反乱を行なった人たちの血が流れていた」という部分が抜粋されています。

http://www.fanpop.com/spots/ireland/images/3218063

また、ベルファスト西部のフォールズ・ロード地区には、「キューバとの連帯」をテーマにした壁画があり、その中にチェ・ゲバラが描かれています。
http://people.ku.edu/~kconrad/che.html

なお、アイリッシュ・リパブリカン運動が、ただ「統一されたアイルランド」のみならず、イースター蜂起以来の「ソーシャリスト・リパブリック(社会主義共和国)」を目指すものであるという点も、チェ・ゲバラとアイリッシュ・ナショナリズム/リパブリカニズムとの関係を見る上で重要です。

なお、チェ・ゲバラは複数回アイルランドに立ち寄っています。1964年12月、キューバで産業大臣のポストにあったチェ・ゲバラが、国連総会が行なわれていたニューヨークからアルジェリアを訪問する途上でアイルランドに立ち寄った際(本当はリムリックのシャノン空港に行くはずだったのが、濃霧のためダブリンに変更)、アイルランド国営テレビの記者が空港で彼にインタビューしています(通訳がフライトアテンダントさんというあたりもバタバタしていたのだなあという感じです)。そのときの映像はRTEのサイトで見ることができます(Real Player)。
http://www.rte.ie/laweb/ll/ll_t01g.html

また、この訪問と、H G Wellsのフィクション『世界戦争 War of the World』をモチーフにした短編映画、"Meeting Che Guevara and the Man from Maybury Hill" が2003年に制作されています。これは製作会社が自身のYouTubeチャンネルにアップロードしていて、全編を見ることができます。(イングランドのかっこいいおっさん俳優のひとりであるジョン・ハートが出ています。)

Meeting Che Guevara & the Man from Maybury Hill - PART 1
http://ie.youtube.com/watch?v=yE9R-SO6yn8


Meeting Che Guevara & the Man from Maybury Hill - PART 2
※実際のインタビュー映像を一部使っています。
http://ie.youtube.com/watch?v=6_WDo4STRak

※ギネスはそうやって飲むものじゃないと思います。

また、1965年3月にはチェコスロバキア(当時)訪問からキューバに戻る途中で飛行機のトラブルがあって、急遽リムリックのシャノン空港に立ち寄るということもありました。このときはアイリッシュ・タイムズ紙のアーサー・クィンランという記者がインタビューして、チェ・ゲバラは「アイルランドと私」について語り、その後は、「聖パトリックの日」(アイルランド最大の「アイリッシュネス」のお祭りの日)の準備をしていた街で盛り上がったそうです。
On March 13, 1965, Guevara suddenly arrived at the airport when his flight from Prague to Cuba developed mechanical problems, and Quinlan was on hand to interview him. Guevara talked of his Irish connections through the name Lynch and of his grandmother's Irish roots in Galway. Later, Che, and some of his Cuban comrades, went to Limerick city and adjourned to the Hanratty's Hotel on Glentworth Street. According to Quinlan, they returned that evening all wearing sprigs of shamrock, for Shannon and Limerick were preparing for the St. Patrick's Day celebrations.
http://en.wikipedia.org/wiki/History_of_Limerick


「アイルランドの息子」であるチェ・ゲバラは、1967年10月、ボリビアで暗殺されました。1968年10月にデリーで公民権要求デモが行なわれ、北アイルランド警察(RUC)によるデモ隊への暴行が行なわれる1年前のことで、デリー公民権運動への「当局の弾圧」以後ますます深みにはまって、やがて「北アイルランド紛争」という局面に突入することになる北アイルランドの情勢は、この南米の「アイルランドの息子」は見ていません。

2006年にメキシコで企画された「チェ・ゲバラ展」がロンドンに巡回したとき、キュレーターの友人なのでオープニング・セレモニーに招待されていたジェリー・アダムズの出席を、博物館側が土壇場で認めないという判断をした、ということがありましたが、その展覧会のキュレーターが制作したドキュメンタリー映画(「ポップ・アイコンとなったチェ・ゲバラを再考する」というような内容)、"Chevolution" には、映画でチェ・ゲバラを演じた俳優などのほか、ジェリー・アダムズのインタビューも含まれているそうです。

ともあれ、アイリッシュ・リパブリカン運動でのチェ・ゲバラのアイコン化は、「実はよくわかんないけどかっこいいから」という類のものではなく、「アイルランドの息子」としての英雄視であり、「社会主義」という文脈での英雄視です。

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*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/