現在進行中の事件などに関しては、本家およびはてなブックマークをご参照ください。

2008年11月27日

【質問20】 北アイルランド紛争はいつ「終わった」のですか。(軍事面について)

【回答20】
軍事面では、「紛争」の終結は1997年の停戦 (ceasefire) が大きな節目でしたが、まずはそれに至る段階について少し。

参照先:
http://en.wikipedia.org/wiki/
Chronology_of_the_Northern_Ireland_Troubles


1994年8月、Provisional IRAが軍事活動の完全停止 (a complete cessation of military activities) を宣言
  ↓
1994年10月、ロイヤリスト武装組織 (UDA, UVFなど) が停戦 (ceasefire) を宣言
  ↓
東京の私:「これで『ロンドンの鉄道駅や地下鉄では荷物の側から離れたら即駅員に通報される』と警告しなくてもよくなっていくかも」 (^^)
  ↓
「和平」に向け、英国、アイルランド共和国、米国の各政府と北アイルランド各武装組織、各政党が動くも、いろいろと難航……
  ↓
1996年2月、Provisional IRAがロンドンのドックランズ爆弾事件(死者2名、負傷者39名)で軍事活動を再開、以後マンチェスター爆弾(同6月)など続く
  ↓
東京の私:「……また元に戻った。むしろ前より激しい」 orz
  ↓
1997年5月、英総選挙で保守党大敗、労働党圧勝、トニー・ブレア政権成立、ものすごい豪腕のモー・モーラムをNI担当大臣に起用
  ↓
1997年7月、Provisional IRAが停戦(この停戦は、2005年の武装解除完了まで守られた)

このように、Provisional IRAが最終的な停戦をした後、1998年4月に難航した協議・交渉の末グッドフライデー合意(GFA)が成立、同年5月にアイルランド島全域でのレファレンダムで承認。

しかしながら、GFAを「妥協」とみなし、「武装闘争で統一アイルランドを実現する」主義のリパブリカンが、闘争を継続するために、Provisional IRAを脱退して独自のグループ(分派)を作ります。これがいわゆるReal IRAです。(彼らは「IRAの派閥」ではありません。別の組織。)

RIRAは1998年8月15日のオマー爆弾でスペイン人やアイルランド人の子供を含む一般市民ばかり29人を殺しました。このあまりにひどい事件が人々の間に「もう暴力はうんざりだ」という意識を強く植え付け、以後、「リパブリカンの武装闘争主義」は周縁化していきます。

周縁化していきつつもそれは消えたわけではなく、「地域紛争」や「コミュニティの分断」といった点を見る場合には、「北アイルランド紛争」は1998年を軽く超えて続いていた/いると前提するのが妥当なところでしょう。

一方でロイヤリストのほうは、2000年代になってもロイヤリストのエリアにあるカトリックの小学校に対する敵対的な実力行使 (Holy Cross dispute) がありました。また、どこまでが政治的暴力でどこまでが組織犯罪なのか、外部から見ているとさっぱりわからないようなぐちゃぐちゃの抗争(UDA内部、UDAとUVFとLVF)はしばらく続いていました。2008年の今は、以前ほどそういう話は聞かない(報道されていない)のですが。

参照先:
http://cain.ulst.ac.uk/faq/faq2.htm#current

「紛争」のもうひとつの当事者である英軍は、2007年7月末に、北アイルランドでの作戦を終了しました。

2007年07月31日 「紛争」の終わり――オペレーション・バナー終了
http://nofrills.seesaa.net/article/49878403.html
2007年7月31日いっぱいで、北アイルランドでの英軍の作戦、Operation Banner(オペレーション・バナー)が完全に終了する。8月1日からは、北アイルランドの英軍基地は現地での作戦のためではなく、スコットランドやウェールズの基地と同様の、訓練を目的とする施設となる。1994年のIRAとUDA, UVFなどリパブリカン、ロイヤリスト両派の停戦から2005年夏のIRAの活動停止、2007年春の自治政府の再起動を経て、「紛争」の終わりがまたひとつ、公式に形になる。

オペレーション・バナーが始まったのは1969年8月。デリーのボグサイド(→関連する過去記事)が「カトリック」と「プロテスタント」の衝突のホットスポットとなり、「プロテスタント」が政治を独占していた北アイルランドの警察(警察も「プロテスタント」が独占)ではどうすることもできなくなり、当時の北アイルランド「自治」政府がロンドンに英軍の出動を要請した。つまり「警察のサポート」が目的だった。

当初は「プロテスタント」と「カトリック」の間に立つ中立の存在として「カトリック」のおばあちゃんやおかあちゃんたちからお茶やお菓子をふるまわれるほど歓迎された英軍は、(ブライアン・フィーニーの言葉を借りれば)「原住民」たちを「鎮圧すべき者たち」とみなして行動し、「カトリック」の人たちから、「プロテスタント側」として敵視されるようになった。

そしてちょうどそのころ、IRAからProvisionals(暫定派)が分派した。Provisional IRAは英軍を「標的」とした。

仲裁のために入ったはずの英軍は、こうして「紛争」の当事者となった。それから約38年、30万人以上の兵士を送り込んだ英軍の「最も長い作戦」で、763人の兵士がゲリラ戦で殺された
posted by nofrills at 10:00 | TrackBack(0) | 北アイルランド紛争FAQ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

※誤訳・誤記・誤変換などのご指摘やエントリの内容についてのご質問などは、
コメント投稿専用エントリのコメント欄にお寄せください。

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/110252939
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック




*参考書籍*

北アイルランド紛争についての英書

英語ではとても読みきれない(買いきれない、収納しきれない)ほどの本が出ていますが、筆者は特に下記の書籍を参照しています。
※画像にポインタを当てると簡単な解説が出ます。

031229416607475451970717135438
The IRA
Tim Pat Coogan
Loyalists
Peter Taylor
Killing Finucane
Justin O'Brien

北アイルランド紛争について、必読の日本語書籍
筆者はこのブログを書く前に、特にこれらの書籍で勉強させていただいています。

4621053159 4846000354
IRA(アイルランド共和国軍)―アイルランドのナショナリズム
アイルランド問題とは何か
鈴木 良平

北アイルランド紛争の歴史
堀越 智

IRA―アイルランドのナショナリズム(第4版増補)
鈴木良平

458836605X
暴力と和解のあいだ
尹 慧瑛
→「北アイルランド」での検索結果
→「Northern Ireland」での検索結果
* photo: a remixed version of "You are now entering Free Derry",
a CC photo by Hossam el-Hamalawy
http://flickr.com/photos/elhamalawy/2996370538/


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。